テキスト・アーカイヴ
■写真製版を歩く[5] 吉田寛の印刷術(初出:会報36号)
■01:

「アミ点一個一個に濃度がないと、インキが乾いたときに白っぽくなって誌面に力がなくなる。艶も出ない。だからインキは盛りたい、しかしアミ点は太らせたくない。印刷とは、この追いつめられた場所での仕事なんです」

印刷人、吉田寛氏のことばだ。吉田さんの正式な肩書きは、名刺を見ると凸版印刷株式会社 情報・出版事業本部第二平印印刷部長だが、わかりやすくいえば、凸版板橋にある平版印刷工場の第二とよばれる部署のお目付役だ。職場は、建物の三階全フロアを占めており、15台の印刷機械が24時間体制で動きつづけている。なぜお目付役かというと、吉田さんはすでに定年退職をした立場だからだ。

「誕生日からつぎの誕生日までの1年契約」で、年俸制だそうだ。技量を惜しまれての特別待遇ということだろう。すでに3年目にはいる。

「正直いって50歳ぐらいから、いろいろな会社から再就職の話はあった。わたしは考えが古いから、こんなにいたらない人間だけどめんどうをみてもらって、40年もやってこられたのは会社のおかげという気持ちがある。だから再就職の話は断ってきた」

いつまでいるのかという問いにこう答える。

「みんなが育ったからもう来ないでいい、と言われるまでは来るつもりです」

凸版印刷の名物人間、吉田寛に会うことができたのはつい数年前だ。すでに定年後だったろう。ある辞典の印刷の立ち会いで工場へ行ったときのことだ。印象は強烈だった。通常、出版社の人間やデザイナーは「お客さん」扱いされるが、吉田の対応は、発注者と受注者の関係を越えて打ち解けたものだった。山形県のアクセントが混じったべらんめえ調が記憶にある。しかし、気安さのなかで静かな勝負が行なわれているという感触をもった。すぐれた時代劇俳優、たとえば近衛十四郎は刀を抜かないときの殺気こそがすごい。吉田に着流しの殺気を感じたといってよい。

「立ち会いにきたお客さんに対して、早くOKしてくれないかなと思ってはいけない。お客さんはわれわれ印刷現場の人間になにかを伝えたくてみえられているのだから、こちらからああしましょうこうしましょうと声をかけるのではなく、相手のことばを待つべきだと思う。相手から聞かれたらはじめて発言すればよい。校了紙にOKと書いてもなおつけ加えたいことがらがあって来られているのだから、黙って聞けばよい、そう私はみんなに言っている」

すでに勝負は始まっている。

「立ち会いに来られたかたは、アカを盛ったらよいのかキを盛ったほうがよいのかわからなくてもよい。ちがうとだけひとこと言っていただければよい。なんとかしてほしいと伝えてもらえば、どう対応するかを考える、その地点から印刷現場同士の競争がはじまる」

吉田の「お客さん」に対する気安さは、接客態度によってお客さん扱いするのではなく、印刷を通して「お客さん」の意向を印刷人は汲むべきだという気持ちのあらわれだろう。

「わたしはね、仕事をもらって印刷する。強がりをいってもダメですよ。これだけははっきりさせておかなければならない。そのうえで、印刷においてどんなことができるかではじめてクライアントと対等になれる。自分を参加させるわけだね」

吉田は、折にふれて「参加」ということばを口にする。

「印刷を長年やってきて気づくのは、印刷のなかに少しでも自分を参加させていただきたいという個人的な願望があることです」

参加するとはどんなことか。

「自分を参加させたい方向とお客さんの方向が同じならよいけれど、ちがうこともある。もう少しこうしたほうがよいのではないかな、本のねらいが若者向きなのか年輩向きなのかなども配慮して、より「らしく」と考えて、お得意さまのOKの方向に合わせながら自分をほんの少し参加させる。先方がOK出した校了紙を頂戴して、このOKでほんとうによいのかなと、いったんは見直してみるのが大事だと思う。それが自分を参加させることになるし、結果的によい刷りものにつながる」

先方の希望を理解したうえで、自分なりに把握し解釈する。それが自分を印刷物に参加させることだ。

■02:

吉田寛さんは、過去と現在を越境しようとする世界をモノクロームで表現した写真集『まぼろし国・満洲』(江成常夫著・新潮社・1995年)の印刷責任者で、「第八回写真の会賞」を受賞した。今回、わたしたちが吉田氏を訪ねたのは、『まぼろし国・満洲』での苦労話を聞こうと思ったからだった。質問に対する吉田の答えはひとことだった。

「苦労はした覚えはない」

むろん、苦労がなかったわけではないはずだ。写真集の品質に対しては妥協しないことで知られる山岸享子さんとの仕事だということもある。事実、細かく聞いていくと、大変だったさまざまなことを思い出すようだった。家に帰ったとたんに電話があってまた工場に戻ったことなどを苦笑いしながら話す。しかし、それらのできごともエピソードにしかすぎないと言う。印刷には、多かれ少なかれむずかしさが潜んでいる。「それぞれ苦労する箇所はある」と語り、むずかしかったといって、『まぼろし国・満洲』がほかの印刷と別物ではないと言う。

「本は一冊ずつ全部ちがう。世の中広いから、いろいろな印刷物があり、いろいろなひとがいて、無数の注文がある。だから、一冊一冊にそれぞれの苦心がある。それでなくてはいけない」

仕事はむずかしいぐらいでなければならない、という信念が伝わってくる。

「写真家やデザイナー、クライアントには、言いたいことを言ってもらいたい。むずかしい注文に応えるのが自分たちの仕事だ。大変な印刷は限りなくあったが、苦労をしたという記憶はない」

むずかしくてあたりまえなのだ。だが、仕事のむずかしさがそこにあるわけではない。他人が仕事のむずかしさを教えてくれるわけではない。むずかしさは自分で発見しなければならない。

「クライアントの要求がきつければきついほど、どこまで自分として応えられるか、自分を参加させられるかが、わたしの基本姿勢です」

苦心があるから、参加する。むずかしさを発見するとき、すでに参加が始まっている。

40年間に数千点を超える書物、印刷物を刷りあげた吉田寛は、仕上がったものに満足しているのだろうか。

「ひとりで家にいるとき、自分が印刷した本を見て反省することがある。満足したものは少ない。印刷って、きりがないのです。95点以上いったと思えるものはあっても、満点とはとうてい思えない」

話を聞くうちに、吉田の言う「お客さん」が、実は重層的に存在しているのではないかと思うようになる。

「どろっとしたのを好むひともいるし、びしっとした階調を求めるひともいる。作家の満足を得ながら、印刷人としてはより多くの読者に見てほしいと思う。作家に向きあいながら、かつ読者にも目を向けている」

印刷人は、作家や出版者の意向と印刷物とをつないでいるだけではない。読者との中間地帯に立ってもいる。つなぎかたは無数にあるはずだ。正解がないから満点もない。印刷人の参加とはそういうことだ。数多くある大量生産システムのなかで、印刷ほど機械を操る人間の感性が要求されるものは少ない。まして写真集のように感性をメッセージとして伝えようとする印刷物では、印刷者が自分を参加させようとする気持ちがないとうまくいかない。ひととひとをつなぐ交差点に印刷がある。

■03:

「校正刷りと本機刷り(本番での印刷)はちがう」と、吉田はくりかえす。

「お得意さまがどういうものにしたいかを製版担当者に伝えた結果、版が印刷現場にくるわけだが、製版のポジどおりに刷るのがじつにむずかしい。校正刷りの多色刷りでは、前のインキがある程度乾いてから次の色インキをのせていくのだが、本機刷りの二色なら、墨インキが乾かないうちにグレーインキをのせる。四色機なら、四回つぎつぎにインキがのっていく。前に刷られたインキはつぎのインキの胴の圧力でつぶされる。一割五分は太る。単色機で印刷するのならまだ計算が立てやすいが、多色刷りでは、校正刷りに本機刷りを合わせるのはむずかしい」

そこで、「前工程」が必要になる。

「色校正を見て、お得意さまや製版担当者がめざしたものを刷るために実用版をつくる。実用版というのは本機にかける刷版のことだけれど、印刷の前に実用版をつくるという前工程がある。前工程の刷版では露光タイムを増やして、アミ点を細らせておくわけです。つまりは、製版フィルムのアミ点より痩せさせておかないと印刷できない。さらにむずかしいのが中間調。露光を多くしてアミ点を一回り小さくする原理でインキを盛ることのできる版をつくるのだが、明部のアミ点はもともとが小さいから一、二割は細くできる、しかし、中間調のアミ点は少し小さくしても濃度的には効かない。中間調のアミ点中心に露光していると、ライトはどんどんとぶ。この矛盾をなんとかしなければならない」

作家、デザイナー、プロデューサー、出版社、さらには読者といったさまざまな「お客さん」がいる。出版社も、編集者と販売担当者では立場がちがうだろう。「お得意さまや製版担当者がめざしたもの」を、理解し解釈し、前工程の方向を定めなければならない。

「与えられたものをやるだけであってね、しかし、負けたくない、責了紙よりはよい刷りものにしたいという気持ちがある。責了紙は、ある意味では印刷するものにとってはライバルだね」

印刷人は、校正刷りと本機刷りの橋渡しもする。日ごろ、本機刷りは校正刷りより低い品質になることが多い。校正用の刷版とはちがう刷版をつくることで校正刷りを超えた本機刷りを実現させようとする。印刷現場での吉田を見ていて不思議なのは、苦労するよりは製版に戻して版を作り替えたほうが楽だろうと思われる場面でも、版をめったに部外に戻さないことだ。

「製版まで戻さなければならないときもたまにはあるけれど、前行程の刷版の焼き直しや補色版の作成などをして、ほとんど部内で対応してしまう。もちろん、請求書は出しませんよ。あくまでも自主的にやるんです。うちに任されてきた仕事なんだから、うちでできる限りのことはしないとね」

冒頭で引いた「印刷とは、この追いつめられた場所での仕事なんです」ということばを思い出す。

「言えることは、80パーセントあるいはそれ以上は製版で決まる」

ということばも吉田の口癖だ。製版への敬意の表明であると同時に、20%に満たないフィールドだからこそやりがいがあるという決意として聞くべきだろう。限定された狭い空間こそが印刷に与えられた場である。

「印刷は最終ランナーだから、製版でトップを走っていても印刷で失敗したら何にもならない。申しわけないけれど、最後に参加させていただく、という気持ちでやっている」

裁量が及ぶのは20%未満の場、時間的にも最終局面に追いつめられている。吉田を見ていると、自分で自分の退路を断っていくおもむきがある。あえて急峻な稜線上に立つ。自由になるのは自分の足もとだけだ。20%の中身こそが問題である。

「仕事に当たって、たとえば製版とあまり細かい打ち合わせはしない。製版は製版、印刷は印刷、製本は製本でそれぞれがベストを尽くせばよい。その立場で全力を尽くす。お客さんの注文も聞くし、自分でももう少しこうしたほうがよいというように考え抜く。これでなければダメですよ。そうやって、自分で思い入れることがわかって、印刷がおもしろくなった」

自分ができるのは自分の手足が届く範囲だ、それがどれほど限定された場所での工夫なのか、ミクロンという単位の話だ。吉田は、印刷の核心は印圧の管理だ、と断言する。平版をオフセット印刷機で刷るときは、オフセット平版印刷は、版からゴムのブランケットにインキが一度転写され、それがさらに紙に転写される。画像が転写されたブランケットと印刷される用紙とのあいだにかかる圧力を印圧という。ブランケットが命だということばにも通じる。

「ブランケットはゴムですからね。ゴムを円筒状にくわえます。くわえ(先端)とくわえ尻(末端)でひっぱるから、まんなかはゴムが伸びて薄くなって全体に凹凸ができる。全体の圧を軽めにしておいて、中央部に薄いパラフィン紙を入れて、圧の均等化を図る。パラフィン紙のよる圧の増加が、百分の一ミリ。ふつうのパラフィン紙が百分の二・五七ミリだけれどうちでは一番薄いのを使っている」 アルミの版の背後に薄いパラフィン紙を敷くのだという。 「ブランケットにわずかなむらができるのを前提にして印刷に望むのか、むらがないということを信じて印刷するかではずいぶんできあがりがちがう。強い印圧で全体を均等にならしてしまうのではなく、軽い印圧で丹念にむらをなくしていくというのが私には普通の印刷方法です。でもめんどうだから、誰でもができることではないね」

自分の思いを印刷機械に託す。与えられた版という狭いフィールドでの努力がある。高度な読みと技術が要求される。

「パラフィン紙のよる印圧調整はいろいろ応用が利く。女性の写真で、唇だけ少し強くしたいなんてときには、パラフィン紙を唇の形に切って敷く。見るひとが見れば、どんなにちがうかがたちどころにわかる。絵柄を見ながら、パラフィン紙をブランケットの裏に敷いたりして微妙な印圧の調整をしないとよい刷りものはできません」

さらに聞くと、印刷機械メーカーが決めている適正印圧よりも吉田の現場では軽くしていると言う。なぜ、軽い印圧か。

「軽めの印圧にこだわるのは、インキを盛りたいからですよ。圧が強ければ、インキが広がってアミ点が太ってしまう。インキを盛って、製版フィルムのアミ点のとおりに刷るには印圧は軽ければ軽いほうがいい。軽いといっても限度があるから、そこがむずかしい」

百分の一ミリをめぐるデリケートな調整がある。

「規定どおりの印圧ならば、パラフィン紙を入れても変わりない。ぎりぎりの印圧でやっていれば薄いパラフィン紙でもピーンと効くんですね」

バランスが微妙だからこそ、印刷が表現となる。紙の厚さや印圧のミクロなちがいが、印刷物というひろがりを獲得する。狭さと細かさが、広さにつながっていく。

「立ち会いにきて、ここの色を強くしたいけどインキの流れがこうだからあきらめるとおっしゃるお客さんがいるけれど、流れなんか無視して、注文をつけてほしい。パラフィン紙を入れたりして印圧を部分的に調整して対応してみせるのが仕事だと思っている」

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