テキスト・アーカイヴ
■写真製版を歩く[3] 山岸享子氏に聞く(初出:会報34号)
「あれは、印刷技術に挑戦してほしいという意味と同時に、野口さん個人の限界にも挑戦してほしいという意味です」と、山岸は打ち明ける。製版界のスター選手・野口は、女性の肌の再現などきれいな仕上がりをつねづね要求されている。日常的なきれいさを打ち破ってほしいという思いが込められていた。そう聞けば、迫力ある『まぼろし国・満洲』の誌面にただよう品位は、両者のたたかいの結果なのかとあらためて感心する。作家個人の作品である写真プリントを、印刷という第二のプリントにする際に、やはり製版・印刷者個人の意識を問う点が重要だろう。印画上の力をできるだけ増幅しようとする意志は、印刷現場への高度な要求となる。写真プリントに対抗するには、印刷プリントも限界に挑戦しなければならない。写真プリントが作家のしごとだとするなら、それに拮抗する印刷プリントも作家のしごとに近い。

「印刷の人はつねにスミ版が念頭にあるから、コントラスト中心になってしまう。いまのわたしの興味はグレー版で印刷の強さが引き出せないかということです」という山岸の思いが、野口から『まぼろし国・満洲』での極端なグレー版の完成を引き出した。

「ひとつのジャンルが飛躍するには、たとえば作家だけが突出してもダメですよ。それを支える制度も向上しなくては」

写真が表現に至るまでにはさまざまな過程を経る。各パートをつかさどるのはやはり個人だ。紙焼きプリンターの養成、写真製版者の教育、印刷者の確保、展覧会場の空間構成や照明技術の向上、そして作品を見てくれる観覧者の育成など、全般にわたるシステムが確立されてはじめて写真は見られるものとなる。

「一年に写真集を四冊つくったら、くたくたです」

一冊の写真集を世に送り出すことは大変なエネルギーがいる。つくる喜びがあれば向上がある。写真集をイメージになるべく近づけてつくろうとするひとりの人間がいて、プロセス全体が切磋琢磨する。全体のなかであるパートだけが突出するべきではないと考えながら、ひとりひとりの顔が見える手わざを求める。個人が浮上することで全体が隆起する。

「実家がお寺だったから、植木屋さん、大工さんと、毎日のように職人さんが入っていた。そういうひとたちの手元をあきずに一日中見てた」

「あのひとたちの深いのめりこみかたがたまらない」のだそうだ。自分に手わざはないから、製版や印刷のひとに意志をどう伝えるかが逆に問われる。「彼らがにこっと笑うとうれしい」。わかってもらえた証だからだ。

印刷と一体だった写真は、'60年代をさかいにして徐々にオリジナルプリントこそを表現形態と考えるようになる。印刷での発表が二の次になっていく。現在の写真雑誌は、まるごと写真展の宣伝のようだ。写真と印刷の関係を考えると、'60年代といまでは歴史的な断絶がある。

「写真家が印刷になにを望むか、それがなければ印刷の水準は上がらない」と山岸は断言する。「がんばっている写真家へのひとつの帰結として、できるだけの印刷再現をしてあげられたらと思う」という山岸は、写真家への要求も厳しい。'90年代に写真処理の主流がアナログからデジタルに移り、多くの写真家の意識が技術から遅れはじめる。

色校にこんなクレームを付けたことがないだろうか。「ピントがあっていない。シャープに。スキャナー再分解」「色がにじんでいる、シャープに。スキャナー再分解」などだ。原因のほとんどは、校正刷りの見当ズレか、分解ネガ貼り込み時の見当ちがいである。校正刷りさえよければと、本機では刷ることが不可能な濃度のセパレーション・ポジ・フィルムを製版会社が印刷会社へ渡してしまうケースもある。注意深く校正刷りを調べれば、原因を発見でき、十分な処置が可能であるにもかかわらず、的はずれな赤字は現場を混乱させるだけだ。本番での印刷を考えず版だけの世界でことをすませようとする製版会社に対して、適切な注文をつけられないグラフィック・デザイナーにも問題がある。

「わたしはどうもNOをいうひとということになっているらしい」と山岸は笑う。NOをいうのはエネルギーがいる。引き算をしない決意は、かなりの頻度でNOをいうことになる。山岸は、印刷の刷りだしに立ち会ってインキを盛る。ドライダウンという現象が印刷では起きる。刷りたてはつややかなインキが時間とともに乾燥し、白っぽくなる事態だ。ドライダウンがおきてちょうどよくなるためには、インキを盛っておかなければならない。日常的な印刷では、グラデーションとインキの盛りは相反する。インキを盛れば階調はつぶれていく。山岸はあくまでも足し算をめざす。出来上がった写真集を見ればインキが盛れているのがわかる。しかし、グラデーションは残っている。どうすればこういう印刷が可能なのだろうか。校正刷りと仕上がりのあいだにあらかじめ誤差をもうけておく。現場に居合わせてカメラを向ければリアルが写しとれるとは信じられないいま、'60年代と同じ方法論で印刷の力はよみがえらないだろう。'60年代の印刷が「パワーあるコントラスト」がスローガンだったとすれば、山岸は'90年代において「パワーあるグラデーション」をめざしている。

「写真家の作品をなるべく遠くへ投げてやることが、わたしの仕事だと思う」

「もとにあるもの」の強度を高める。すべてを高めるわけではない。「もとにあるもの」を認めるのは山岸であり印刷人であるだろう。ならば、山岸や印刷人の主体的な判断があざやかであればあるほど、高品質の印刷ができる可能性がある。写真プリントも作家から離れれば離れるほど優れた第二のプリントができるということになりはしないか。作品として発表するのは、作者が作品を自分の手元から放すことだ。

「作品が固有の名から解放されてどこまでもひとり歩きができれば最高ではないか」という山岸の実感は、もちろん「もとになければやらないですよ」という信念に裏打ちされている。紙焼きが胚胎しているものを表現することは、作品への接近だろう。その肉薄は、作家と一線を画することと表裏一体をなしている。ものをつくることは、作家への接近ではなく、作品への接近であるはずだ。「どういう印刷にしようかは、プリント、作家、作風による」し、「一冊ずつ全然ちがう」こともたしかだ。すべての本を山岸色に染め上げることとは断じてちがうが、表現が作家を背後に隠すことで成立することもたしかだ。作品は作家の道具ではない。作品の消息とは、近づくことと離れることが同時におきることだ。

「もとにあるもの」を「なるべく遠くへ投げること」。近づくことと遠くへ離れることを同時に行なう。それが山岸享子の仕事だ。表現された内容がリアリズムであったり、リアリティーがあったりする。逆にまったくリアリティーがなかったり、アンチリアリズムであったりもする。内容が鑑賞され論議されるためには、表現がリアルに存在しなければならない。近づくことと遠くへ離れることを同時に行なうことは果たして教育できることなのか。山岸の代わりをつとめられる人間が何人いるだろうか。

フリードランダーの一枚の写真を見ながら、「再現できると思わなければ撮らない写真だ」と話す。リチャード・ベンソンが優れた印刷に翻案してくれるという信頼のシステムがある。だから、写真家はカメラを持って毎日のように風景に分け入っていく。山岸への信頼によってシャッターを押すカメラマンがいる。さらにその山岸が信頼するのが、たとえば『まぼろし国・満洲』の凸版印刷チームであり、『沈黙の大地、シベリア』の光村写真印刷チームであるのだろう。さらに固有名詞では、プリント制作者としてのドイ・テクニカル・フォトの斎藤寿雄氏、印刷の凸版印刷・吉田寛氏の名が聞こえた。ここにもふたりのプリンターがいる。

取材当日、わたしたちは、上記二冊の写真集を持参した。いずれも、池袋の書店で買い求めたものである。『沈黙の大地、シベリア』のページをめくっているうちにわれわれの本が、山岸みずからがストックしている本とは微妙にニュアンスがちがうことに気づいた。インキの盛りが揺らいでいる。どちらがいいとは簡単にはいえない。インキの盛りを選ぶか、より柔らかいトーンをとるかは読者の好みだからだ。だが、どちらが山岸がOKを出したものに近いかははっきりしている。旧ソビエトの名門映画製作所モスフィルムの映画監督がこういっている。「私が責任もって、自分の作品といえるのは、自分がOKを出した初号プリントであり、それ以外は、現像所の技術者の良心にまかせるしかない」。しかし、その初号プリントは決して映画館に運び込まれることはないのだ。

複製技術といわれる印刷をもってしても、厳密にいえば一冊として同じには刷り上がらない。絵柄が同じならすべての印刷は同じだとする立場がある。対して、印刷の品質によって絵柄が表現するものがちがってくるという主張がある。ちがうと信じるからこそ、製版にNOをいいつづけ、印刷立ち会いでグラデーションを残しながら限界までインキを盛る。ちがいに鋭敏であるゆえに、数千部つくられた写真集の一冊ずつの差異に眼がいく。同じ書名の本は、同じ書物でもあり、一冊ずつがちがう書物でもある。

写真を実現させる山岸は、一見対立することがらのあいだを往還する。コントラトとグラデーション。スミ版とグレー版。ふたつのプリント。個人と全体のシステム。「ちがう」と「おなじ」。接近と隔絶。隠すことと表わすこと。

『まぼろし国・満洲』と『沈黙の大地、シベリア』の二冊の書名が象徴的だ。「まぼろし」は、見えないし、「沈黙」は、聞こえない。つまり、写真集『まぼろし国・満洲』は見えないものを見せるという宣言だし、『沈黙の大地、シベリア』は聞こえないものを聞かせるという表明だ。見えないものを見せ、聞こえないものを聞かせるのが表現だといっている。見えないものと見えるものは対立してはいない。

『まぼろし国・満洲』と『沈黙の大地、シベリア』の二冊が交叉する地帯に山岸の世界はあった。二冊はたがいを映しあっている。同じように、見えないものと見えるものはたがいを映しあっている。見えないものを通して見えるフィールドがあり、見えるものを通してしか見えないものがわかる。

はたして「直接」の反対語は「間接」だろうか。「直接」の反対語は「重層」ではないだろうか。グラデーションとコントラストはたがいを排除するのではなく、透過し見合っている。階調の向こうにメリハリが見える。コントラストを通してグラデーションが見える。さらに、グラデーションとコントラストという軸線は、ふたつのプリントというあらたな座標に重なりあっていく。透明な層が幾重にも積算され、表わすために隠すのでも隠すために表わすのでもなく、厚さがひとつの像を結ぶ。背後がない世界では、各パートの手わざも決して裏方ではない。個人個人の力量が重層し作品となる。

冒頭の写真集のタイトル"LAYERS OF LIGHT"を思い出す。山岸が印刷の上で実現しようとしているものは、「光の層」ではないのか。努力や個性、才能や実力、写真集や写真展から固有名詞を濾過し、作品同士がたがいを照らしあい光のレイヤーをつくる。層状の光は、直接的ではないが、間接的でもない。

「もちろん、写真は光の層の集積ですが、その内容はひとの意識にかかわってくるものです。不可視なものに分け入ろうとしている現代写真はどんどんおもしろくなっていますよ」

どんなに苦労をしても写真集づくりが好きだという山岸の、「わたしの基本はやはり編集者です」ということばを締めくくりにインタビューも終わりにたどりつく。印刷会社から単色機はもちろん二色機が消えていく。編集の概念も変わっていく。