テキスト・アーカイヴ
■座談会(初出:会報45号)
深川:ベルリンでもう一つ日本の写真展が開催されています。「ドイツにおける日本年」というのが去年の11月ぐらいにベルリンで始まったんですが、このプログラムの一環として企画された写真展で、NBKっていう新しい美術団体のイニシアティブのもとに日本の現代写真展、これはまぁ東京都立写真館の中村さんが企画されたものです。時期的には、宮本さんのベルリンでの展示ともちょっと重なっていました。話は変わりますが、森永純さんもヘルテンの写真祭に出品されていました。

鈴木:日本の評価と国際評価が違うということがあるんじゃないですか。

西井:うん、だって森永さんだって、ほとんど日本じゃもう忘れられてるでしょ。誰も何やってるか知らないっていうふうに今なってるでしょ。忘れやすい国だから、日本は。

深川:評価の軸が違ってきているというのが面白いですよね。宮本さんの場合もそういうことが関わっている。 むこうの目から見るとまた、はやりすたりじゃなくてね、まるで違った面が見えてきて面白いと思います。宮本さんの展覧会は、「芸術家の家ベターニエン」という機関が宮本さんに個展をお願いして一緒につくったという形で実現しています。で、ちょうどベルリンの壁の崩壊から10年というのもあったし、都市の生成と崩壊というような問題意識があったと思います。そういう文脈も含めて、彼等は宮本さんの写真を理解し、高く評価している。

西井:そうですね、非常に評判がよかったというふうに、まぁ本人が言ってるから、本人が照れてましたけど、手紙で。

深川:だから日本での反響とは全然違う。

西井:えらい反響があって、という。新聞とかね。大変だって言って。

深川:またよく合うんですよ。宮本さんの写真とその町が。

西井:合うよねぇ。ベルリンだったら合うと思うんだ、俺。パリだとずい分違うと思うんだけどさ。

深川:展示された「芸術家の家ベターニエン」は昔の病院を改造した建物でした。

西井:だから場所もものすごく良かったって言ってた。

深川:ええ、その施設は、クロイツベルク地区というあの、わりかしトルコ系の人たちの多い地区で、芸術家とかも多く住んでる独特の地区です。もともと壁に接してた町なんですよね。そんなところで宮本さんの展覧会があったというのは日本人のひとりとして気持ちよかったですね。 日本で彼の作品をまとめて見る機会はなかったですよね。部分的には見ても。初期の『九龍城』から、サティアンとかね、オウム真理教の建物も入っています。

西井:あれもあの見てないかな、横浜で最後のAIR展があったときにね、ピンホールカメラの、どうやって写したかっていうその小屋も一緒に展示しちゃったわけ。でそこをのぞかないと何撮ったのか見えないという展示のしかたしたから、そのまえにあのほら段ボールハウスの。ハウスそのものを展示するというのもやったわけで。だからそういうのも一緒に全部やってんだよね。

深川:段ボールそのものはなかったですけども、ピンホールカメラの箱もありました。あとやっぱりメインは神戸でしょうね。高さで4メーター50はある大きな作品でね。あれはベネチアビエンナーレにも出したもので、そのまま使ってて少し紙とか破けてたりするんだけど、そのやぶれた感じがけっこうよくて。

西井:またいいわけでしょ。と、思うよね。

深川:全体像としてちゃんと見られる展覧会っていうのがですね、なかなか日本でなかったというのは、僕なんか美術館に関わる人間としてある意味で反省させられる面もありました。

西井:だからむこう、外国に出ようとするというか出るから、逆に言うと大所高所からブワーッと一人の作家をむこうは当然見ようとするわけで、で僕らはずっと接してるから、部分部分を常に見てきたけれども、だからなんか宮本がなんか、また廃虚やるって言ったら、もういいよ飽きたからというんで、もうどうでもいいという感じがほとんどあるわけ。こっちはそう思っちゃうんだけど、むこうは初めてだから、そうじゃないわけね。だから宮本ですってずっと前から廃虚の写真家っていうイメージでこっちはあるから、阪神大震災の写真って載ってたってさ、またあれかっていう感じになっちゃうわけ。だからいちいち見ないわけ。だって阪神大震災の写真であれば、彼のと、例えば新聞のカメラマンが撮ったのと、それから地元のアマチュアがたまたまカメラもってて撮った写真と、何が違うかっていって、ものによって全然違ってくるわけでしょ。死ぬ直前にカメラ構えて撮ったどしろうとがいれば、この写真が一番すごいかもしれない。わかんないよ、そんなことは。いろいろ違ってきちゃうわけ、同じ阪神大震災でも。そんなこと、いればこっちは分かるけど、海外に出ちゃえばほとんどそんなことどうでもよくなっちゃう。要するに写真の特性が非常によく出るということですね。誰が撮ったかとか、どういう状況で撮られたか、なんてことがほとんどなくなっちゃうということだよね。外に出るとね。むこうの目から見ると阪神大震災の写真だっていう抽象的な一点しかないわけ。

鈴木:じゃ、逆もあるんですか。

西井:いやだから同じですよ。たとえばね、僕が同じ感じで思ったのはね、終戦直後に福井大地震というのがあったわけ。あれをマッカーサーと一緒に来てたカメラマンのカール・マイダンスがその大地震を撮った、つまり外国人がとった福井大地震の写真というのもあるわけ。これと新聞記者の撮った福井大地震の写真は毎日新聞にかなり大量にありますよ。たとえばね、ばっと見ると、何にも知らないで、ボーンと2枚置かれてほとんど同じ写真を、この時に気がつくかどうかということだよ。要するにこっちの視点とこっちの視点がどこか違うということに。僕にはほとんど全然わからなかった。ピントがどっちにあってるか、ピントがどっちがいいかぐらいしか分からなくて、何も分からなかった。ただね、あとでもうちょっと冷静になって良く見た時にはっきり分かったのがね、外国人、アメリカ人ですよね、当然、彼が来て撮った写真の方が結局情報量が多いということは分かった。なぜかっていうと、手前も向こうもできるだけ全部ピントが合うように撮ってある。ということは撮る時にちゃんと考えてある。日本のカメラマンはそんなこと考えて撮ってないの。まず目の前にあるものを撮ろうとしてるから、被写界深度が浅いの。だからバッとこう向こうが写るようになった時に、向こうが全部ぼけてる。だから有名な福井の大震災の時の傾いたデパートがあるんだけど、あれが日本のカメラマンが撮ったやつは、全部ぼけてるの。手前には全部あってるんだけど。で、そのライフのカメラマンが撮ったやつはだいたい合ってるの。向こうまでちゃんと見える。何デパートであるかという看板、落ちかけた看板まで見えてるの。だから名前まで見えるというくらいのピントの違いなの。というのはね、後でよく見てみると分かるんですけれど、パッと見た時には分からない。こっちもいいかげんだから。

鈴木:でも、日本の物を外国から見るのと、外国のものを日本で見るのと、どうなんだろうな。まったく置き換わっているのかな。

西井:僕らが外国で見てもダメだと思うんだけど、外国人が見ると違うんだよね。だから深川さん自身は日本で当然宮本さんの阪神大震災の写真は見てるはずだから、それと向こうにいって見ても何も変わんないでしょそんなものは。

深川:いや、やっぱり違いますよ。展示の仕方が全く違いますので。

西井:いやだから、構成も違うし、場所も違うんだけど、どう写真が違って見えます?

深川:うーん、やっぱり違って見えますね。

鈴木:外国ではどっちかというとレトロスペクティブにするんじゃないかな。

深川:それは展覧会によると思います。

西井:展覧会の主旨にもよるから。

深川:宮本さんの場合は昔の写真から並んではいるけど、リアルタイムな現代っていうかね、そこまでひっぱってるから、レトロスペクティブな感じは全然しなかった。それで、僕は逆に西井さんに聞きたいんだけど、もう一つね荒木さんの問題、これは欧米社会に日本に関するイメージのバイアスというのが実はあって、そこにうまく作用したがゆえに、こうなんていうか、ぶっとんじゃったっていう部分があったと思うんです。ところで森山さんの写真展はどうだったんですか。実際ごらんになって。

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