テキスト・アーカイヴ
■森山大道の写真展をNYに見にいく(初出:会報45号)
99年12/16朝、成田を立つ。新倉孝雄さん、瀬戸正人君と一緒だ。飛行機は、全日空で11時に出て、到着は、同日の午前9時過ぎ。機内でかなり飲んでしまったが、ともかく、一睡もせずにNYへ着く。

ホテルは、8番街の48丁目で、デイズ・ホテル。ロケーションは悪くなく、1階にバーとティールームがある。夕方まで、時間がかなりあり、瀬戸君と1階で飲んでいた。夕方までには、飛行機のつかれも出て、椅子にすわったまま、寝てしまったようだ。本人には記憶はなく、気が付いたら、というか、新倉さんからの電話で眼が覚めたのは、真夜中の1時過ぎだった。頭が痛いし、喉もかわいているが、ここが、ホテルの部屋らしいとは、わかるが、はたして、そうか、記憶はぼけっとしている。

やがて、瀬戸君がかえってきて、寝た。しかし、こちらは、夕方早くから寝ているので、眼が覚めて寝られない。結局そのまま、朝までうつらうつらして過ごす。朝6時、ねられないならと起きてしまうが、窓の下をみると、1Hour Photoとかコンビニ等がみえる。たまたま、カメラをいじると、なんと、動かない。電池切れだ。成田で買ってきたのだが、サイズが違っていた。前の店で買っておこうと部屋を出てエレベーターで下に降りる。道路を横切ってコンビニに入る。既に客が何人かおり、私は、レジのそばにいる店員らしい黒人に持って行った電池を見せて、同じものはあるか、と聞く。店員は、奥の方へ行き、同型の電池を持って来た。ついでに、ミネラルウォーターのボトルも買って、さてホテルに帰って、エレベーターの前に立った。と、そこで、ようやく、???ということに気付いた。

さて、私が出て来た部屋は、果たして何階の何号室だったっけ。昨日自分で部屋にはいっていない、つまり、意識朦朧でかつぎこまれた関係上、部屋の番号の記憶がない。あるのは、少し前部屋を出た時、ドアからエレベーターまですぐのところだった、ということ。エレベーターから一番近い部屋が自分の部屋だ、という記憶のみ。なんだか、6階で618という番号が勝手にうかぶ。6階に行く。しかし、エレベーターに一番近い部屋は616号だ。まず、その部屋をあけようとする。部屋の鍵は、例のカード式で、つっこんで、ひきだしても、青に光がかわらない。案の定あかない。しかし、本来瀬戸君は中にいるはず。そこで、ドアをたたく。かなりつよく、足で蹴飛ばす。と、中から、全然しらない言葉が返ってきた。しまった、ここはちがうぞ。で、618号に行く。が、ここも開かない。ドアをたたくが、応答なし。仕方ない。下で瀬戸君か新倉さんが朝飯におりてくるのを待とう。と1階に降りて、しばらくして、8時すぎ、瀬戸君がおりてくる。やれやれ、彼に聞くと我々の部屋は、8階の816号という。いやはや、6と8は何故か当たっていた。無意識の意識が朦朧の中で数字だけは、記憶したのだ。というような次第で、森山さんの写真展に行くまでに、大変な思いをしてしまった。疲れた。

この日、午後、国連本部に近い49丁目にあるジャパンソサエティへ写真展を見にいく。前日の呑みすぎで、二日酔い気味、しかし、寒いNYでは、外に出ると肌がしゃきっ、とする。48丁目をずっと横に2番街まで行き、すぐにそこは分かった。2階が会場で、入場料はいらぬが、入るに当たって志として、5ドル以上をいれてほしい、と黒人の警備員に言われる。入ると当日は、観客は、我々を除いて2人のようだ。壁は、パネルで仕切られていて、会場は、「にっぽん劇場」「プロヴォーグ時代」「光と影」「大阪」と分けられている。

「大阪」の部屋は、ロール大の大きなプリントが数枚あり、その他は、額入りの全紙、半切あたりのプリント、そして、会場を出てすぐ右にもう一部屋あり、そこが、ポラロイドで自室を撮ったものが3面にびっしり、まさしく、部屋自体の如く張られた部屋があるのだが、こちらは、扉があって、それが半開きになっていることもあって、見逃す人がかなりいたのではないか。ま、それでも、ここには、およそ、100点以上はあったろうか。入り口は、大きな「三沢の犬」が迎えてくれる。この写真展は、メトロポリタン美術館での写真展と両方で「daido MORIYAMA: stray dog」というタイトルで不二のものとして開かれており、それは、パンフレットにもきちんと示されている。ちなみに「stray dog」とは「迷子の犬=野良犬」といった意味だ。

翌々日メトロポリタンで森山展を見る。翌日は、私は、ホイットニー美術館で「アメリカン・センチュリー」として、秋から2部に分けて展覧されていた大規模な展示の2部を見に行っていた。それこそ、1950年代のポップスのウォーホルから90年代シンディ・シャーマン、メイプルソープらまでそれこそ、ケルアックの「路上」から、電子音楽まで、何から何までレコードジャケットからペーパーバックまで、何でもあり、点数も膨大で全て見るだけでも大変な量で、最後の映画館では、疲れ果て30分くらい寝てしまった。一番面白かったのは、ナン・ゴールディンのスライドショーで、「The Ballad of Sexual Depedency」とタイトルされた作品で、バックの音楽の選曲が抜群だった。写真は、彼女のいつもの仲間たち、彼女の付き合い仲間たちオンパレード。で、メットの写真展だが、こちらは、想像したよりずっと地味だった。

表の玄関前に、垂れ幕がない。会場は、20世紀アートの展示スペースの一角で中2階のコーナーで、広さでいえば、銀座ニコンサロンくらいだろうか。そこに、「狩人」のものが数十枚並んでいた。20世紀アートを見ようという人だけが、森山の写真展のポスターを見ることができるだけで、エジプトとか、印象派のものだけを見ようとする人は、多分森山展が開かれていること自体を知らないで見過ごすのではないか、と思われた。しかし、だからと言って、森山の写真が過小評価されているのか、と言えばねそんなことはない。ニューヨークタイムスも大きなスペースを取って森山を紹介したし、カタログの写真集は、5番街のNY一の本屋の写真集コーナーにちゃんと収められていた。

私は、今回の写真展のおかげで、彼の写真の中にかなり沢山あると思っていた、交通事故の現場写真が、ほとんど実は警察の交通安全ポスターの複写であることに始めて気付いた。又、三沢の犬も、噂通り、右向きと左向きの両方があり、それは、実は、始めてカメラ毎日に発表する折、置かれるページの右左で、犬が左向きの方が流れが良いと、いうので、最初に裏焼し、その後ネガがなくなってしまった為印刷を複写してネガとしていたため、左右逆のネガが出来てしまい、本人ももう、どちらが本当だったか、わからなくなったのだ、というような裏話しも知った。又、ポラロイド写真のあの執拗なしかも綿密な計算づくのような撮影秘話も知った。あれを撮ったのは、実は瀬戸君で森山さんは、撮影したポラの順番を記録していただけ。やっぱりね。別にだから、どうだ、ってこたぁないんで、勿論写っているのは、森山さんの部屋だし、アイデアも森山さんのであり、シャッター押したのが瀬戸君という話しなんだから、ね。

メットでは、森山展とピラミッド展だけを見て出てきた。私は、疲れがピークに来ていて、飯も喉を通らぬくらい疲れ切っていた。この日は夜酒もほとんど受け付けなかった。ニューヨークは、ミレニアム警戒で、クリスマス前の光の喧騒の中でやたら警官ばかりが目立つ街だった。寒いといっても、マイナス零度くらいで、ビルに入ると暖房で28度くらいになり、その温度差が大きく、ビルに入ると暑くて暑くて汗がどっと出る。下着がびしょびしょになり、気持ち悪いくらいになるので、ビルを出る前には、30分くらい汗を乾かす為じっとしている時間を作らぬと風邪をひくような感じだった。これも、疲れを倍増した。森山写真展をニューヨークまで見に行ってどうだったのか、と問われれば、あれだけのプリントを一時に見られる機会はそうあるものではなく、疲れながらも、見に行って良かったと思っている。しかし、疲れた。帰りは14時間、疲れて食事も酒もほとんど取れず、水とジュースばかり飲んで帰ってきた。もう、ニューヨークには行かない。私は、今回で5回目だ。行きたい所は大抵行ってしまった。