テキスト・アーカイヴ
■無題(初出:会報35号)
石内都さんと楢橋朝子さんの二人が、FOTO MAGAZINE‘main’(500円)を発刊した。「マン」とよび、手という意味だそうです。年3回「写真における可能性を求めて、意義多く、意志強く、独断をもって刊行」するそうです。ご意見などお聞かせ願えれば幸いです、と書いてあるからといって、ここでへたに批判的な感想でもちらとでものべようものなら、たちどころに冷ややかで怒りか嫌みかの視線に晒されること必上、というくらいは知っている。しかし、この試みなどこうして、この会報で紹介くらいでもしてもらえる。写真の会などは始めからどこにも在ることさえ紹介も認知もしてもらえずにただ続けるだけでやってきた。別に誰かに評価して欲しい等と思ってはいない。それこそ、絶交され、口もきかず、顔をそむけられ、それでもやってきた。人徳なんかの問題じゃねぇよ。酒癖わるいのは、今に始まったこっちゃねぇや。人が酒のんでる時に、うかつに近寄るな。寄ってきたほうが悪い、ってことにしてもらおう。志が問われるだけです。続きゃあいいけど、あまり早くこけるなよ、かつてのKULAとかいうのみたいに。



世の中には、自力で自分を出したい人や、何か表わしたい人が沢山いらっしゃる。何年か前に送られてきた「BOOTLEG」という雑誌もそうだ。見た感想を書いて欲しいと葉書まで入っていて私とは趣味も興味もあわない、旨書いて送った。そうしたら、また第2号も送ってきた。今度は前より、何か興味が繋げた。昨年私は息子とイタリアへ旅行に行ったのだが、2号には、たまたま黒川弘毅氏の「ローマで考えたこと」が載っていて、「ローマは芸術作品、とりわけ彫刻にとっての墓場であり煉獄でした。いくつものギリシャ彫刻が鋳潰されて<完全な死>を果たした後、多くはそれらのコピーである膨大な量の大理石の彫刻がそれらの墓標として、ギリシャ的なものの擬制である帝国公認の古典主義様式で無数に作られた」といったびっくりする記述に出会い不意打ちにあったかの感じでした。そうか、彫刻の制作過程ではブロンズが最終のでき上がりじゃなかったのだ。ブロンズを溶かして武器にしていたのか(戦争と芸術)。で、大理石の像はいわば、ブロンズのまがいもの、複製品だったわけか(普通は大理石のからブロンズを複製すると思うよね)。ルネサンスの古典に還れ、は実はギリシャの複製だったローマへ還れということであったのかと思い、この、私の知らない人の教えてくれたことに何だか不思議な縁を感じてたりしたのだ。この雑誌には、実は名前だけ知っている倉石信乃氏が、詩をよせていて、へぇーと思ったりした。「バス・フォトグラフス」という。引用すると長くなるし、キーボードを叩くのも面倒だからやめておくが、ここまで紹介したのだから、万が一読みたい人のため、連絡先くらい書いておく。執筆者やスタッフも募集してる。



また大阪では百々新らがそれこそパソコンによる網点処理による印刷コピーによる小冊子「SPARK」を93年から出している(だが、先日旧知の上条道夫氏からメールが送られて来て、見てびっくり、パソコンでフオトショップ3.0、スキャニングはニコンクールスキャンで処理しているのだが、その上がりは驚くほどのもので、新君たちももっと考えたほうがよい)し、広瀬勉も「型録=カタログ」写真帳を出し続けている。ほかにも、年に幾つか勝手に送られてくる私的な写真の試みがある。悪いが大半はどうしようもない。いちいち、感想を述べるに値しない、としか感じられない。私はもう、誰かに自分の作った雑誌を買ってもらわねばならぬ、立場にはないから、お世辞で興味を持つ必要もないし、おべんちゃらもいう気もない。個人的に自分の写真を発表する、あるいはしたい人たちには、一つだけいっておきたいことがある。ひとりよがりであったってよい。ただ、君だけが納得するのではない、ところまで、表現が達していなければ、他人には通じない。趣味も好き嫌いも大事だが、それは他人に君の趣味や好みを受け入れてもらって始めて通じることができる。表現で一番だいじなのは、何が伝わるか、よりも、実は伝わる、ということ自体である、ということかもしれない。伝わること自体をめざせ。君の目だけがとらまえた或世界、それに他人が関心をもって接してくれる、そのことがもう奇蹟的に伝わったということなんだ。もう一つ、おまけ。先人のやってきたことを良く知れ、過去から学べ。君たちは先しか見えないだろうが、だからこそ後ろを良く見ろ、そのことが君を凡庸から引き離す。他人と同じではだめだ。自分を孤立させること、孤立を恐れるな。孤立をもっと求めよ。時代遅れであることは、同時代の多くの人から自分を引き離すことであり、ベンヤミンは電話へと大衆も知識人も飛びつく時代にあって、断固として手紙という時代遅れにこだわりつづけた。断固として、確固たる意思をもって時代に遅れろ。過去は君たちが勝手に好きに利用するためにあるのではない。しかし、学ぶことによって過去は君たちを救うだろう。君たちが考えつく程度のことは、大部分過去に誰かが考えもうやってしまっている、と思ったほうがよい。芸術に進歩はない。ただ繰り返すことの中には無限の多様性がある、といったのはマン・レイだ。ただいっぱい撮ってフィルムを消費しつくす前にもう少し頭をつかってくれ。あまりに勉強不足すぎる。少し一緒に勉強してみないか。(以下の文と関係ナシ)



「deja-vubis」=「写真と批評=デジャ=ヴュ・ビス」(500円)がフォトプラネットから発刊された。隔月刊で送料200円、つまり書店にはあまり置かない、いや置けないようで、定期購読を募っている。A3という大きさ、タブロイド版の新聞の大きさで16ページ。1号目はレヴィ=ストロース『ブラジルへの郷愁』をめぐって吉増剛造×今福龍太が長い対談を、篠山紀信「写真は戦場だ」、荒木経惟の写真小説「春雪」が連載、金村修のニューヨーク初体験、森村泰昌、港千尋なども参加している。編集主幹は八角聡仁で、前と違って取次を通さぬ方法で出していくようだ。デジャ=ヴュは20号で休刊しておりこのハンディ判で繋いでいくつもりだろう。これも始まったばかり、軽口はつつしんでおこう。



タルムードにはこう書いてある。「タルムードを繰り返し学ぶことから得ることは沈黙である」あるいは「断食から得ることは慈善を行うことだ」「毎回同じ席で祈ることは安らぎをもたらす」「礼拝堂で祈る目的は他の人も祈っていると意識することだ」。私はユダヤ教徒でもないし、キリスト教徒でもないし仏教徒でもない。神を信じているか? と聞かれたら、いや信じてはいない、と、まだ答えるだろう。まだ、だ。いつか、信じるだろう、という予感はある。人を超えた出来事が確かに起こるし、それを自然やそんな類のことに押し付けてすますのは、私の相に合わない。人をこえて人智をこえて不可解なことのなかに神を見ることに興味はある。これは、信仰ではない。だが、93年に親父が死んでから、妙にそれまでほとんど話らしい話もしなかった親父と毎日線香を立てて何かしら話している私がいる。親父がいなくなって、急に親父と親しくなったような、よくあるらしい時間を持つようになった。安心して欲しいが、私が霊界と親しくなったのではない。霊界をさけなくなっただけのことだ。自分がいずれ必ずそこへもお世話になるあの世と日頃から近しくおつきあいしとこう、ってな気持ちだ。写真とあんまり関係ない話で、申し訳ないが、気晴しに書いた一文なのでご容赦願いたい。ところで、この会や会報も含め、「西井さんの立場のあいまいさが、会報を読む側として、なんとしてもオモシロクナイ」「読者として、やはり、これは、西井さんの私新聞に、他の人が寄稿しているというカタチだと思うし、また、そうでなければ、ツマラナイとおもいます。なんだか一歩引いたようなフリをするのはやめて、もっと強引にかきまくって下さい」などという私信をもらっている。とんでもない。一歩引いたフリなんかではない。本気で数歩引いてみる気なのです。引いてしまうしか、今の写真やっている人の仕事が私をもっと引き出すようなレベルのものがどれほどある、というのか。評価するか、罵倒するか、は別にしてどっち道たいしたものが提示されはしないではないか、と私は感じている。無論私の勉強不足もあろう。しかし、そこらの、写真やってる連中よりは、私は勉強している、つもりはある。勉強じゃなく、写真を見に来い、というなら、その通りあまり見にいってない。それも、見に行こうかという気にさせるものが、あまりに少なすぎる。私が身を引くのは、写真のほうだ。折角足をはこんでも、葉書の時間にまだオープンしてなかったり、1分も目が止まれないような、雑薄なものが多すぎて行く気が萎えてしまう。こちらももう五十をこしたのだ。後十年くらいしか時間がないのだ。くだらないことに無駄に時間をついやしている暇はないのだ。以前呼びかけた勉強会や合評会にも、予想どおり反応がなかった。誰か一人でもいいんだ。日にちを設定して、興味のありそうな人に呼びかけて会場を取り、そういう事務方を手伝ってくれる人がいれば、私は参加する。私は、愛想は悪いし、おまけに口も悪い。しかし、正直にものはいう。酒さえ飲ませなきゃ、まともな判断力はもっている。西井塾でいい。名前がいやなら写真塾でいい。事務方一人真面目なしっかりやさんやってくれませんか。連絡まってます。だんだんこの会への私の関わり方に失望と諦念が色濃くなりつつある。どうにかしようぜ。人は相身互い、相互性でっせ。

自己表現ではない   自分の仕事と
他者表現でもない   会社の仕事は
歴史の表現      違う
社会の表現が     仕事と賃労働の
在る         違いだ

一昨年の春、父を亡くしてから、縁あって五行歌という現代詩を始めた。短歌に似ているが、五七五七七という文字数にとらわれず、なんでもいい、五行になってさえすればいいのだ。思ったとおりを字にしてそれを五行にわりふればよい。いや、五行に思いを託せばよい。思いのたけがそこにうちこまれればそれでいい、と私はおもっている。


閉じれば
まぶたが
感じる
陽の温み

これは、私が昨年初老期鬱病で会社を休んでいた頃散歩で毎日のようにいっていた多摩川で詠んだ歌だ。旨い歌を造りたいわけではない。心がそのままでてきて、人に伝わるような歌を詠みたい、という願望はある。私信にすぎる蛇足ばかりになってしまった。私は写真、写真というふうにはそれとかかわっていない。いろんなことのついでに写真もある。それだけだ。広くさまざまなことをしたいし、関心ももちたい。book listで紹介した私の本の次は『写真のよそよそしさ』(みすず書房、7月24日発売)、続いてもう一冊『DISTANCE 映画についての断章』(影書房)が9月刊行予定。すでに何かに発表したものがメインだがもう一度読んでもらえるよう、詳しい註を加えて、手直しした。結局自己宣伝しておしまい、とはなさけない。