テキスト・アーカイヴ
■無題その二(初出:会報32号)
朝鮮人被爆者の慰霊碑が平和公園の外に閉め出されており、これを内に入れたいという希望も運動もあり、入れることも何かの決議で決まっているが、南北双方でひとつの碑として入れる、などという現実を無視した決議の条件によって、いまだに内に入れないママである。このことを被爆者における差別として告発的に見ることは、間違っているわけではないが、果たして本当に慰霊碑が平和公園に入り、日本人被爆者と同等の位置を占めることが、自明なほど正しいことであり、真実であるのだろうか、と私は考えている。

江成常夫という元毎日の写真家がこの夏、『記憶の光景・十人のヒロシマ』という本を出し、『まぼろし国・満洲』という写真集も出した。彼の仕事が顕現しやすい〈戦後50年〉という時期を得た、ということにすぎぬが、この『ヒロシマ』の中に在日被爆者が出てくる。むろんもう20年以上前に太田竜が「在韓被爆者」について〈辺境最深部〉の原点として指摘しており、私自身も、〈らい病〉収容所における、朝鮮人らい病者差別という最深部内に投影される市民社会の差別構図について知る機会があり、最深部にさえもぐり込めば、アトは何でも持ってこい式の物云いになるわけにはいかないことはアった。アったうえで最深部は最上部の裏返しであり、この全構造をつかまえたうえで、具体的な部分に触れていく、触診的な認識が必要なのだと思った。

江成常夫という人はこの触診的なところが欠如した人だと思っている。一見、触診的に個別の人に当たって話を聞き、そこからネットワークをひろげてひとつのまとまった仕事にしているように見えるのだが、多分、この人は、初めにまとまりアリで、残留孤児とか、戦争花嫁とかヒロシマとか、戦後日本が「ねばならぬ」のに「忘れたフリ」をしている諸問題のリストがまずあって、その必ずいつか問題にされるに違いない忘却「問題」を「戦後庶民史追跡」などという「作業」を勝手に自らに課し、いずれ陽の目を見るまで、一応準備作業はしておく、というようなコトであろうと思う。

つまり触診というよりは、むしろジャーナリスティックな話題性をいずれ獲得しうるであろうテーマで、しかも「いずれ」であって「いますぐ」ではなく、誰もが知らんふりを決めこんでいるような関心の薄いテーマであって、しかし実は、忘れ切れずにカスが残っているようなテーマ、何年かかけて前もって準備しておかねば、いざその時に間に合わないような「作業」を伴うようなテーマを見つけておくこと、それによってこの人の「仕事」は成り立ってきた。誰もができるような即興的な思いつきではない、歴史(つまりジャーナリスティックな、時流的ということだ)とか過去とか、なんとなく重たく、自分のしていることが、あたかも歴史や人類と関係していて、「エライ」ことなんだぞ、という印象を与えるものをうまく見つけ出しておけるかどうか、見つけ出しても、それを実行するヒマと金があるかどうかが勝負だ。

新聞社にいたから、この人には、そういう忘れられかけていて、何年に一度とか、何年何月とか、あと何年で何周年とか、いわば法事の如きタイムスケジュールに合わせたテーマ表ができているのではないだろうか。あと数年後には香港の中国返還があるから、それに合わせた何かがすでに準備作業に入っているかもしれない。日光、結構、大和観光だが、ご商売としては月光か日光か知らないが、その度にこの人に「日本人を見つめる」とか「歴史を見つめる」とか果ては「自分を見つめる」とか云われたり、新聞が「歴史」を見つめる写真家とか云って持ち上げるのにもかなわない。勝手に「見つめ」りゃいいのだが、他人に迷惑かけないで「見つめて」ちょうだい。

歴史を直視することを確かに私共は忘れてきたらしいが、だからといってこの人の「作業」が歴史を「正視」していることにならぬのであって、むしろ、日本人の多数が忘れていたからこそ、この人がちらりと見たことでも、歴史を「見た」などと「エラソー」なことを云えることに写っているだけのことだ。多数の忘却を前提として、ホレ、お前さんら、こんなことを忘れてるよ、とちょと気のつく人なら誰でも気づいてることのごく一部をチラリと見せて(見せてもくれぬバカな写真家が多すぎるから、こんなもんでも目立つだけのこと)私は歴史を「正視」していますよ、とよく「冗談」でなく平然と云えるもんだ、とつくづく日本に「恥」の無くなったことを思う。

いい加減、こういう忘れ物お届け便のような、くだらない凡庸なる宅急便を大げさに評価するのはやめよう。満洲もヒロシマもこんな程度の浅薄な視線は、文字分野なら、とっくの昔に何の評価もされないよ。満洲といえば「侵略」しか頭に出てこない、浅薄なジャーナリスティックのお「作業」にはつき合わない。といいつつ、これだけ字をつかってしまった。アホらしい。ともかく、こういう「作業」にいちいちつき合うことはもうご免だ。放っておく。知ったコトではない。ご当人にもだ。(なお、江成氏のインタビュー記事は『毎日新聞』8月7日夕刊に学芸部桐原が書いている。)

表現と記録の間で悩んだ、と本人が語っている。写真というパフォーマンス「アート」(芸を示すために観客を必要とする)においては、「現われの空間」=劇場に居ることが最大のパフォーマンスであり、そこには「表現」「記録」の矛盾はない。そこに「至芸」(virtuosity)が介在するからだ。「至芸」の無い人だけがそこでご「勝手」に悩まれる。ご苦労様である。