テキスト・アーカイヴ
■『この星』に見たもの│野口里佳写真集『この星』/写真展「飛ぶ夢を見た」(初出:会報55号)
上昇と下降

上昇と下降は明解さへのあこがれ、それは数学的な世界を想起させる。泥土のなかでまどろむ所謂日本的な概念を超越しようとする意志を感じさせる。野口の上昇と下降への身体感覚は同時に写真のフレーミングの自由度の高さを示している。カメラのフレームの構造上、2:3や6:7の横位置が基本となり、通常、これを前提として写真家はシャッターは切る。時として縦位置に撮ることもあるが、頻度としては低い。『潜る人』の極端にワイドなフレーミングや『ロケットの丘』での5:2の縦長のフレーミングは必然性から導き出されたものだ。身体感覚を通した空間認識の表れである。

が、時に制作の過程のなかで想像と実際の世界の間にズレが生じることがある。それを現場で確認することも作家活動の動機となる。野口の言葉によると、2003年『ロケットの丘』での種子島宇宙センターでの取材の中で現場で働く技術者や資材を運搬する人々に接することで宇宙ロケットが身近なものに感じられたという。ところがモニター画面を通してみるロケットの打ち上げとの間に大きなズレを感じるようになる。その距離を埋めるための何か=身体感覚が必要になってきた。

2004年の『飛ぶ鳥の夢を見た』は野口自身がロケットの模型の作り方を学び、実際飛ばしたものだ。『この星』のカバーにも使われているが、雲ひとつない鮮やかな青い空に小さなロケットが、白く細い川のようなロケット雲を引きずりながら飛んでいる。極めてシンプルな色彩と構図。夢の中の出来事のようだ。確かに『ロケットの丘』に見られる種子島宇宙センターの内部を撮った、例えば発射台の写真はもちろん、実際のロケットの発射時の写真とは空気感が違う。自分で飛ばしたというこの事実を私は知らなかった。第三者的には意外なことも、写真家にとっては必然性のある自然な流れの中での行為なのだということを思い知らされた。実は同様に、もうひとつ私には解らなかった作品の秘密があった。最新の写真集『この星』の巻頭を飾る、夜間の道路を大型トラック等が光を放ちながら疾走する写真群のことだ。今までと随分作風が変わったと単純に思っていた。ところが、これはロケットがやってくるところなのだという。実はロケットは名古屋で造られ、船で種子島まで運ばれる。到着する港から宇宙センターまである程度の距離がある。到着したロケットをトラックで運ぶところを深夜カメラにおさめたものだ。このことも、新しい表現は作家の必然性の中で生まれた、リアルなものであること証明している。あらためて写真を見てみると、闇の中で放たれる眩しい程のトラックのライトがそれ自体、ロケットから噴射される激しい炎のように思えてくるから不思議だ。

素数と方程式

野口にとって、どこまで行っても最終的に割り切れないもの。それををさがしに行くことが写真行為だった。本人がかつて言葉にしたところの「素数」だ。私には素数という言葉が世界を形づくる構成要素のようなもの、例えば空気や水や土という風に受けとめていた。「素数」あるいは割り切ることのできない極微の元素を見つけることが宇宙を知ることに繋がるのだ。そして、「既知」という円が拡がればそれだけ「未知」という円周も拡がるだろう。

また野口は「方程式」という言葉を使う。写真を撮る、作品を作ると言う行為はこの作家にとって、自己と世界との交感を通して、ひとつひとつの方程式を見つけ出すことに他ならない。写真を撮ることは世界を知ることで、方程式を導き出すことが作家にとっての歓びであり、「生」を支える中心的なエネルギーとなっている。現実の世界は想像の世界を遥かに超えている。繰り返しになるが、野口の写真に写るヒトは風景の一部のように小さく存在しているように見える。時にはヒトが写っていない写真もあるが、必ずその痕跡はある。あくまで人を通して世界に触れているのだ。

潜水夫に興味を持って海中に潜り、宇宙ロケットに魅せられて模型ロケットを飛ばし、また月面とそこで活動しているヒトを見たくてヤマに登る。客観的世界と身体的行為の交差。そうした宇宙を体感する欲求と、体現するための自由な身体と更なる自己鍛錬、加えて創作するための理性を保ち続けることがこの作家の活動の基盤となっている。

はたして今度は『この星』の何を見に行くのか。
あるいは『この星』の次の星は何処なのだろうか。

(了)


野口里佳 略歴


●主な個展

2001年
「野口里佳写真展ー果たして月に行けたか?」パルコギャラリー(東京)
「Did he reach the moon?」D’Amelio Terras (ニューヨーク)
「MIMOCA’S EYE VOL.1 野口里佳展[予感] 」、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川)

2002年
「水をつかむ」ギャラリー小柳(東京)

2003年
「Rocket Hill」D’Amelio Terras (ニューヨーク)
「Noguchi Rika」Galerie der stadt schwaz (シュワッズ、オ−ストリア)

2004年
「飛ぶ夢を見た 野口里佳」原美術館
「The Planet Icon Gallery(ロンドン)

●主なグループ展

2001年
「fic港ao」CENTRO CULTUAL BANCO DO BRAZIL(リオデジャネイロ、ブラジル)
「スタンダード」直島コンテンポラリーアートミュージアム(香川)
「”Facts of Life”Contemporary Japanese Art」Heyward Gallery(ロンドン)

2002年
「Under Construction/Fantasia」Modern Art Center (ペキン)
「[sait] site / sight」東京国立近代美術館(東京)
「Emotional Site」佐賀町食糧ビルディング(東京)
「写真新世紀10周年記念展 Futuring Power」東京都写真美術館(東京)
「Under Construction」東京オペラシティアートギャラリー(東京)

2003年
「Time After Time」Yerba Buena Center for the Arts (サンフランシスコ)
「写真集 日常生活展」Gallery Speark For (東京)
「SPREAD IN PRATO」Prato (プラトー、イタリア)
「Moving Pictures」Guggenheim Bilbao(マドリッド、スペイン)

●主な出版物

『鳥を見る/Seeing Birds』、P3 art and environment 、2001年
『MIMOCA’S EYE VOL.1 野口里佳展[予感]』/a feeling of something happening』、 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、2001年

●受賞歴

2001年 第13回写真の会賞
2002年 第52回芸術選奨 文部科学大臣新人賞

●野口里佳写真集『この星』
原美術館/アイコンギャラリー
2004 / 4 / 23刊

●野口里佳写真展
「飛ぶ夢を見た 野口里佳」
会場 原美術館
会期 2004年4月24日−7月25日