テキスト・アーカイヴ
■溶断と溶接の境界 ―写真家石内都について―(初出:会報48号)
溶断する手、足・・・。この言葉は2000年11月23日から12月27日まで目黒区美術館で開かれた青木野枝展の展覧会カタログのなかに収められた6頁にわたる石内都の写真のタイトルである。青木に関するテキストとして構成された5点の写真は、鉄を素材とした彫刻作品を発表し続けている青木野枝の手と足と作品の接写で、言葉や文字以上に作家と作品の関係を浮かび上がらせている。

《溶断》という聞きなれない言葉は、石内が今回の撮影のため青木のアトリエにいった際、青木が何度も口にしたものを石内が気に入って拝借したものだ。溶断とは金属等をバーナーで溶かし切断すること、溶接とは反対の意味になるわけだが、その意味と音にすばやく反応した石内の作家としての特異性に注目すべきであろう。つまりこの写真作家のひとつの核をなす言葉に対するこだわりが接触、溶解、分断といった_境界_のニュアンスを含むこの言葉に感応し、タイトルを決定することになった。またこれらの写真が40歳にならんとしている女性の手足の接写であることから、石内という作家を知るものは1990年に発表された『1・9・4・7』を連想するに違いない。写真集『1・9・4・7』(I.P.C刊)は石内の産まれた年、1947年生まれの女性たちの手と足を撮ったものだ。それは石内が40歳を迎えた年に同じ歳(当時、石内の感じた中途半端な年齢)の女性の生きた証しとしての人間の時間を撮ろうとして始められた。『1・9・4・7』を境に、通常、人に見せたくない、シミやタコや皺というものを撮りながら、そこに生の時間の痕跡、人間の生きた証しをとらえ、また、美しいと感じたのだった_皮膚_を撮り続けるうちに石内は_傷_に出会うことになるのだが傷についての稿は機会をあらためる。

石内の写真のイメージ、それはペンキが剥がれ落ちた天井、幾重にも重なるシミや傷の付いた壁、そしてそれらが崩れ落ちつつある廃屋。それは『絶唱・横須賀ストーリー』(1977)に始まり、屋内シリーズの『互楽荘』(1992)、『EM club』(1993)へと続いていくのだが、_皮膚_や_壁_の時間の集積として現れてくる剥離やシミや傷といったものに対するある種の偏愛や美学はどこから生まれてくるものだろうか。勝手に想像するまでもなく、実は本人が1999年10月23日のフィルムセンターにおけるスライドレクチャーではっきり答えている。

「……もともと何か崩れ落ちたり、ペンキが剥がれたり、一般的にはあまり美しくないと言われているようなものに『絶唱・横須賀ストーリー』の時から何か惹かれるものを感じていた。これは撮った当時は分かんなかったんですけど、今回、改めて『絶唱・横須賀ストーリー』を展示したときに発見したことです。『アパートメント』は私が横須賀に住んでいた時代の、これも何となくおぞましい思い出の空間です。どうしても自分が住んでいた何とも言えないこの空間をもう一回見てみたいという、何かこう見たくないものというか、忘れてしまっているにもかかわらず、もう一回同じような空間を見に行って写真に撮ってくるという、非常に不思議な体験をしたわけです。……」(現代の眼519号│時の器-2「報告」より)

こうした不思議な体験は誰しも何らかの形で持っているのではないだろうか。生まれた家のある場所に恐る恐る訪ねてみる。また、学生時代の下宿屋を訪れる。かつての恋人のアパートを探す。己の思春期を覗き見るような感覚。私も学生時代に住んだアパートが見つからなかった経験がある。今も分からない。見つけたいという気持ちとは裏腹にどこかで見たくないという心理がはたらいていたのかもしれない。つまり、痛いのだ。傷が疼くのだ。石内は写真に対するこだわりではなく、自分に対してのこだわりとして、更に言えば、自分の傷を見つめるために写真という手段を選んだのだ。

1993年に刊行された写真とエッセイからなる本『モノクローム』(筑摩書房刊)を例に挙げるまでもなく、石内によって書かれた文字群からは少なからず濃密で高湿な印象を受ける。それは写真家によってとらえられた、生き続けながらなおも変化することをやめない浸蝕する壁の写真群とも符号する。一つ一つの細胞が自らを溶断しながらまた溶接し、そのくり返しを絶えることなく続けるような濃度を持っているのだ。石内の作家としての特異性は実は、皮膚の記憶と脳の触覚に支えられながら、作家自身の内部と外部の、過去と現在の不断の浸透によってもたらされたものなのだといえる。

いつだったか私の友人はシミとは悲シミのことだと言った。悲シミ、苦シミ、慈シミ。_シミ_とはどこか記憶と心の言葉としてある。本来、シミとは浸むことであり、湿めるという意味でもある。またシミは紙魚とも表記され、シミ科の昆虫のことをいう。暗い所を好み、本などを食べて生きている。暗い所は暗室をさし、本は活字や言葉を意味していることは言うまでもない。幾重にもシミの付いた壁として立ち現れた石内の写真はまさに“傷”そのものであるということを視覚と記憶の疼きが知るのである。