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tr16.7.31「写真の会」会報79号発行NEW

第28回写真の会賞受賞作品「骨の髄」「手負いの熊」(甲斐啓二郎/展覧会) 、『COLOR PHOTOGRAPHS』『垂乳根』(横田大輔/写真集)受賞者の言葉、選評他を掲載しています。
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tr16.7.10第28回「写真の会」賞、授賞作品展ならびに授賞パーティーのお知らせ

第28回写真の会賞・授賞展を、今年も新宿のギャラリーPlace M / RED Photo Galleryにて下記の会期で開催します。また、2016年7月30日(土)の17時より、写真展会場にて、授賞パーティーを下記の要領で開催しますのでお知らせいたします。作品をご覧になりながらの授賞式とパーティーです。
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tr16.5.10第28回「写真の会」賞、受賞作決定

【写真の会賞決定】写真の会は5月8日の選考会で、第28回写真の会賞を「骨の髄」「手負いの熊」(甲斐啓二郎/展覧会) 、『COLOR PHOTOGRAPHS』『垂乳根』(横田大輔/写真集)とすることに決定しました。なお、受賞作展及び授賞式を予定していますが、詳細は追ってお知らせします。
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写真の会について
「写真の会」は1988年、丹野清和、柳本尚規、大島洋、西井一夫が中心となって発足した。各写真賞にはない独自の視点で、自分たちで賞金を工面して賞を出し、受賞パーティ−を開き、受賞者と楽しく飲むことが当初のイメージだった。

■写真の会賞
西井一夫が呼びかけ文を起草し、同年12月3日、発会の会合がマリオン14階の朝日新聞社の談話室で開かれた。第1回の参加者は、生井英考、伊藤俊治、大島洋、柏木博、加藤哲郎、川本道子、鈴木志郎康、鈴木一誌、高島直之、丹野清和、中村富貴、西井一夫、日高敏、松山厳、宮本靖亜規。4回の会合の後、第1回の写真の会賞が決まり、89年5月、受賞パーティーが有楽町、レバンテ3階で開かれた。第1回受賞作品は「幸運の町」(大島洋)、「夢の走り」(鈴木清)、「上海紀聞」(中川道夫)で、それぞれに10万円贈られた。尚、自分の作品が推薦されたことで、大島洋は選考委員を辞退する。このことがきっかけになって、写真家を会員に入れないという約束が生まれた。

写真の会賞は作家賞ではなく、写真的行為に対して出されるもので、実際に、製版や印刷の仕事の担当者である野口啓一や吉田寛(第8回)、また、ロバート・フランクの写真集の編集者である元村和彦(第9回)に賞が贈られた。写真批評メディアが壊滅的な状況下、広い視野からの写真表現の観察および理解を目的にしているが、その具体的活動として、若手写真家の写真を見ながら本人に直接話を聞く機会や、受賞者のインタヴューの場を設けたりしている。

■会員
会則らしきものは特にないが、年会費3万円を支払った者が会員となり自動的に賞の推薦の権利と責任を持つ。賞は原則として前年のものを対象とし、選考会に参加した会員の討議を経て決定する。

■会報の発行
また写真についての情報を会員の間で効果的に知らせ合うために会報の発行が提案され、会報第1号が受賞パーティーに合わせて発行された。89年いっぱいまでは月刊であったが、それ以降は年に原則4回の発行となった。記事内容は主に写真評論、書評、展評、インタヴュー記事など。判形はA4サイズ20頁前後(号によって異なる)。

会報の指針は
●会員の自発的な作業による
●投稿原稿による
●投稿されたものは原則としてすべて載せる
●掲載はおおむね原稿の到着順
●原稿料はナシ
●年4回発行を目標とする
会報は、会員のほか、カンパしてくださった方に郵送している。

写真の会で中心的に活動していた西井一夫が2001年11月25日に亡くなり、その前後、会を存続させるか消滅させるかの話し合いが何度か持たれたが、存在意義を確認の上、存続させることとなり、現在にいたる。

最後に西井の写真の会発足当時の会への思いを付す。

〈…小さな、しかし心に深く留まるようなことを大事にしていく、そんな会でありたいと思う。「初日通信」(演劇)とか「紙ヒコーキ通信」(映画)といったものを先例として、少数の眼による少数のための写真の場を、というのが私の始まりの願いだ。写真に元気がない、といったなんとはなしの気分に滅入っているより、小さいが真摯な会話と交流によって写真家を友としていきたい、と思う。いや、むしろ写真家の友の一人でいたい、と思う、と言い直すべきだ。(89・ 5)〉『写真的記憶』青弓社刊より

(文:伊勢功治、敬称略)

《「写真の会」事務局:鈴木一誌、鈴木文枝、永田典子、webサイト運営・管理:高橋義隆》



《よびかけ文》西井一夫
写真が社会の様々な分野で必要な役割を務めていることは周知のことですが、独自の存在であることはまだ充分知られていない面があります。写真は優れた記録の道具であると同時に記憶の鏡でもあり、したがってそこに新たに発見されるべきものを秘めた存在なのです。あらかじめ見られたものが正確に写っているだけのものではない、そこに写真を撮る人の存在がモノを言うのです。 そこで、どのように撮ったか、ではなく、なぜ撮ったか、が本当に問われてくるのです。巧妙に撮られた完成した写真に対して用意されている名誉は数多くすでに設けられています。しかし、完成することを目指すことを端から放棄していて、限りなく変わっていくことを目指しているような写真や、技巧とは別のところで生まれてくる写真は、まったくといってよいほど評価の外に切り捨てられてきました。 写真の多くの賞が毎年発表されるたびに思うのは、どこか違う、ズレている、という不思議な違和感だったのですが、それが、近年増幅して来たように思えます。数人の友人と話す機会のなかで、大なり小なり同じような違和感を持っていることがわかったのです。権威などなくてよい、既成の写真賞が見ようとしない、未完でも存在感を感じさせてくれる写真に(せん越ながら)勝手に賞を差し上げ、ともに励ましあえる「場」をつくりたいということになったのです。賞をつくる、というより「場」をつくる、ということが第一義なのです。というわけで、とりあえず次のことから始めようと思います。(1988年11月)